枠にあてはめ、枠から逃れたい私たち。【破壊】から見える新たな可能性。

こんばんは、Local Tourist(ロカツリ)です。

今夜も独り言に付き合ってくれるみなさん、ありがとう

ここ最近で一番面白い展示会に先週同僚と行ってきました。

今日はそこから得た学びと・最近はっとしたことをみなさんにシェアできればと思います。

知られざる文具アートの世界

ほとんどの作品が撮影OKだったので、少しだけお見せします~!

ほんの一部ではありますが、各作品がそれぞれどの文房具を使用して創造されているか予測できますか?

分かりやすいものもあれば、分かりにくいのもありますよね!

驚きの連続のなかで、しいて選ぶのであれば私にいとって特に印象深かったのが、はんこアートと輪ゴムで作られた服です。

はんこアートは、アップして見てもらいたいのですが、婚姻届けに【絶望】というはんこが押されていて、目の部分は【希望】のはんこが押されています。(笑)

せっかくですので、アーティスの作品紹介を載せておきます。名前は「絶望の契約」

コンセプトもユニークで迫力も満点。圧巻の作品でした。

幸せの象徴の婚姻届をこういう視点で見るのはとても新鮮で、いつかサインする時が来た時はこのアートを想いん出すんだろうなと、絶望の契約と化さないように心に刻んでおきたいと思います。

次に印象に残った輪ゴムから創造された衣装については、子供の頃新聞紙を使って服を作ったことがありました。デザインを学んでいたころも、ペットボトルの底を使って花を造ったり、キャンディー袋を使ってポーチを造ったりとリサイクルをテーマとした作品は好きなのですが、

まさかの輪ゴム!?斜め上の発想で目から鱗。それに靴までも輪ゴムなのがすごい。(笑)

ランウェイで歩くのであれば、どんな演出するのかな。とワクワクしながら観てました。ぜひ、白・赤・緑といった輪ゴムでも作って欲しい~!

こちらもせっかくなのでアーティストさんの説明をのせておきます。

みなさんはどの作品に目を奪われましたか?

どの作品も素晴らしいのですが、私がこの展示会で学んだことは、【破壊】です。

私たちはモノに限らず、何事も枠にあてはめがち。

例えば、えんぴつアートでもそうですがえんぴーつは書くものという認識のように、〇〇だからとつい固定概念にとらわれてしまう。

確かに、その用途の為に生まれたものだからそうかもしれない。

人でもそうだけど、その国の人にはその国のキャラクターがあるようにメディアによるイメージとか。

どの作品も見事にそうであるべき姿をぶち壊してました。だから面白い。子供が描く絵のように自由で壮大で果てしない可能性を感じた。

本来あるべき姿ではないかもしれないけど、生まれ変わったように最初からそれがオリジナルではないかと錯覚されるほど違和感なく観る人の心を揺さぶる。

大人になってこの世界に順応していくうちに、埋もれてしまう新鮮な感覚。

これを呼び覚ましてくれました。そうして、最近はっとしたことが起きたのです。

様々な立場の方と一緒にお仕事させていただいているのですが、一緒に食事をしていた際に、ある方が「よく〇〇だから、と職場や立場で一括りされるんだけど、あまり好きでなない。僕らも別に他の立場の方となんら変わらない。」と話をされていました。

あぁ確かに一括りにしてしまいたくなる気持ちわかるなぁ。と思いながら聴いていたのですが、はっとさせられました。

普段その方はよく「僕は〇〇だから。」と自分を枠にあてはめてる発言をしている方ではあったので、まさか。と思ったのです。

枠にあてはめる安心感とどこかで、枠から逃れたい気持ちがあるのかなと不思議に感じました。

そしてやっぱりモノも人も純粋にフラットな視点で見る大切さ。

一回固定概念や先入観を破壊して、再生・創造していく。

自分自身にも当てはめられることだなと感じます。一緒に展示会へ行った同僚は呪文のように、「私はポンコツだから。私と出かけても楽しくないかもしれない。」と私の前で言ってました。

一回なら、「そんなことないよ。」と返すのですが、何度も続ける彼女に私はこう伝えました。

「私も時間が有り余っている訳ではないなかで、今日この展示会をあなたと見たいと思って自分の意志で選んできている。私はあなたと観たい。だから来た。そのように決断をしている私に対して、そのような言葉を使ってほしくないし、せめて私の前では自分のことを卑下するのをやめてほしい。今この瞬間を楽しむ、これが相手にできる最大限の配慮ではないか。私があなたと楽しくないと思うかどうかは、私が決めること。」と。

私が言っていることが正しいとかどうこうと言いたい訳ではありません。

ただ、その呪文のように自分自身に唱えている負の言葉が彼女が自ら自分はポンコツという枠にはめてしまっているのではないかと感じたのです。

私自身も自分に対して呪文のように昔は自分は普通じゃない。と唱えて苦しんだ時期がありました。

小さい頃、自由に絵を描きたい私と完璧な絵を求める母。普通になりたいと言う私と普通なんて面白くない。という両親。

このギャップと矛盾が息苦しくて、何が正解なのかわからないと幼少期ですでに迷子状態。(笑)

今でも絵を自由に描くのが苦手だけど、センス・色彩感覚・創造力を失いたくなくて色んな展示会や美術館を観て目を養ったものです。空は青じゃなくてなぜ虹色じゃないのか。と考えてみたり、脳トレしてます。(笑)

もし、いつか我が子が絵を描いてくれて、「ママ!海を灰色に塗ったよ!とか、りんごを〇じゃなくて♡にしたよ!」と、現実通りのモノではなかったとしても、私は全て受け入れると決めています。逆に、「どうしてそう思ったの?ほかには何色がいいかな?」と聴いてみたい。

幼少期のかさぶたが完全に癒えている訳ではないけど、一度普通と思っていた生活をしてみて心から私はこの生活を続けたい訳ではないと納得して、私はまたその生活を自ら選んで破壊して、普通じゃない道へと進み続けてようやく自分の運命を受け入れられるようになりました。

破壊するのは怖い。でも、怖いし迷うのは破壊するまで。

たぶん枠から出ちゃいたい欲望がほんの少しでも上回った時、もうそれは元に戻れないと心が訴えてて、苦しくなる。

私も箱に押し込めようと思っても君は手・足・頭とどっかは出てしまう。とよく言われます。(笑)

なので、どんどん破壊していってます。(笑)だって一度っきりの人生だし。

不思議なことにこの数日いろんなところで【破壊】と【再生】をよく見聴きしていたので、いいタイミング。

自分の可能性を信じて、いつか今考えていることが実現できるように創造していく。

正しいとか正しくないとか、そんな枠を壊して、違う視点を提供できる人間で居続けられるように考え続けたい。

枠を意識しない自由な場所を創っていけるよう、頑張ります♪

国なんかなくなっちゃえばいいのにとさえ思っちゃう。(笑)

ネガティブに捉えられがちな【破壊】という言葉も、ベルリンの壁の崩壊のように必要不可欠な【破壊】は必ずあって、そこからまた新たな可能性を見つけていければいい。

心から納得したうえで。それが次に進む原動力となるはずだから。

自分色を足してオリジナルの人生を創造していきましょう~!なんくるないさ~。

May your days filled with happiness.

独り言に付き合ってくれて、ありがとう。

おやすみなさい。お疲れ様

By Local Tourist(ロカツリ)

Hello, I am the writer of this blog. Local but at the same time im a tourist too! :D

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